実は世界的な庭園クリエイターが造った!? この秋行きたい、山梨県の庭園

FEATURESeptember.11.2019

みなさん、“庭園”について興味ありますか? はじめまして。今回の特集を担当するのは日本全国の庭園1,000箇所以上を巡ってきた庭園ウォッチャー・イトウマサトシ(おにわさん)です。
「日本三名園」や京都に代表される日本庭園ですが、全国各地には古都に負けず劣らずの素晴らしい庭園が沢山あります。勿論山梨県にも! ということで、今回は山梨県の庭園をいくつか紹介したいと思います。なお私は専門家ではないので、史実よりも「現在そう伝わっている」ことを重視して、ゆるく解説できればと…。

山梨県の庭園を紹介する時に外せないのが『夢窓国師』(夢窓疎石)。室町時代はじめの南北朝時代、後醍醐天皇と足利尊氏の間に入るなど政権にも関与した禅僧として知られる一方で、世界遺産にもなっている京都の『天龍寺庭園』、苔寺で有名な『西芳寺庭園』を造った作庭家(庭園におけるクリエイターやプロデューサー的存在)でもあります。
そんな日本庭園の歴史の中でも屈指の庭園クリエイター・夢窓国師…山梨県にも彼が手掛けたと伝わる庭園が何箇所かあります。今回はそちらを中心に紹介しつつ、最後には山梨県で活動する若手の庭師・桑原庭苑・桑原拓郎さんに“庭園”に携わるお仕事についてお聞きしました!


恵林寺庭園(甲州市)

▲恵林寺庭園

JR塩山駅から約4km。今回紹介する中では最も有名で観光客も多く訪れるのが「乾徳山 恵林寺」。鎌倉時代の末の1330年、当時の甲斐牧ノ庄の領主が夢窓国師を招いたのがはじまり。戦国時代には武田信玄公により再興され、信玄自ら菩提寺と定め武田信玄公の墓所も(通常非公開なので、気になった方は公式サイトで日程をチェック!)。甲斐武田氏の菩提寺として武田家とも縁深い寺院です。
その後、織田信長により焼き討ちという憂き目に遭うも江戸時代には徳川家康により再建。江戸幕府5代目将軍・徳川綱吉の側用人としても有名な甲府藩主・柳沢吉保により厚く庇護され、今日のように大寺院として残されるに至りました。

▲山梨県指定文化財の恵林寺三門

▲立派な庫裏は明治以降の再建

▲背後の山並みも美しい

拝観受付を済ませて順路を進むと、本堂の裏に大きな庭園が広がります。この庭園は夢窓疎石により造営されたものと言われていて、“庭園の国宝”とも言われる国指定名勝にも選ばれています。ちなみに山梨県で国指定名勝となっている庭園は恵林寺と、同じく甲州市にある『向嶽寺庭園』。向嶽寺庭園は通常非公開(秋に1〜2日のみ公開されることも)なので私もまだ見たことがないのですが…。
庭園のタイプとして、水を使わずに表現する“枯山水庭園”、池を景観の中心として、回遊しながら景色の変化を楽しむ“池泉回遊式庭園”、同じく池を中心としながらもある程度ピンポイントな部分からそのお庭を眺めることを意図された“池泉鑑賞式庭園”…とかまあ色んな言葉があります。恵林寺の庭園は現在は回廊から眺める(またおそらく当時は本堂の中から眺める)ことを意図されているので“池泉鑑賞式庭園”に属する(はず)。見どころは中の島の先の、奥の築山に見える石組――なのですが、あまりそうした様式を意識せずとも、山梨県を代表する庭園!に相応しい庭園。ちなみに春には池上部のしだれ桜がお見事!
庭園に至るまでの順路途中には柳沢吉保の墓所・霊廟や木像が残されています。なおこの柳沢吉保は東京に『六義園』という大規模な庭園を造営。現代も東京を代表する日本庭園の一つとして、春にはしだれ桜のライトアップ・紅葉のライトアップが大人気です。
恵林寺は家康により再建された「赤門」が国指定重要文化財であるのをはじめ、三門や開山堂に安置されている夢窓国師の木像が山梨県指定文化財となっているなど、文化財の宝庫でもあります!

乾徳山 恵林寺

住所:山梨県甲州市塩山小屋敷2280
電話番号:0533-33-3011
WEB:https://erinji.jp/


宝寿院庭園(市川三郷町)

▲ 宝寿院庭園

▲ 宝寿院山門

JR身延線・市川本町駅を降りて、踏切を渡ってすぐの高台にある「宝寿院」にも夢窓国師によって作庭されたと伝わる庭園があります。「金剛山 宝寿院」は奈良時代初期、735年に創建されたという古寺。現在は空海により興された高野山真言宗の寺院で、境内には高野山のゆるキャラ・こうやくんのボードも。…こうやくん、かわいくないですか?
夢窓国師との関わりは先の恵林寺よりも早く。夢窓国師が子供の頃に一家で伊勢国よりこの地に移りました。夢窓国師9歳の時に宝寿院の前身・平塩寺で出家し18歳までこの地で修行を積まれたそう。その後奈良に出た後に31歳の時に甲斐国に戻り、自身のゆかりある 宝寿院に母の供養のための庭園を作庭しました(ちなみに夢窓疎石の母の墓所も宝寿院から徒歩10分程度の場所に残ります)。京都で「夢窓国師」として活躍するのは晩年のことだから、この庭園は最初期の作品の一つ。
現在は本堂向かって右手、南側の斜面に沿ってその庭園が残り境内の通路から眺められますが、お寺の古庭園はお堂から正面に眺めることを意図されて造られることがほとんど。このお寺さんも以前は違う向きで伽藍(お寺の建造物)が建っていたのかなあ、また当時(700年前?)は庭園上部の高木はもっと低かったはずなので、その先に富士山が眺められたのかも…?なんて妄想ができるのも古庭園の面白いところ? ちなみに庭園上部のアララギ・コノテガシワは山梨県指定の天然記念物になっています。

▲ 本堂前には高野山のゆるキャラ・こうやくんも

▲ 高台からの風景も◎

金剛山 宝寿院

住所:山梨県西八代郡市川三郷町市川大門5711
電話番号:055-272-0716
WEB:http://houjuin-y.sakura.ne.jp/


覚林坊庭園(身延町)

▲ 覚林坊庭園

▲覚林坊

JR身延線で更に南下。日蓮宗の総本山・久遠寺のある身延山にも夢窓国師により造営されたと伝わる庭園があります。「行学院覚林坊」は現在から約550年前の室町時代、身延山中興の祖・行学院日朝大上人により建立された久遠寺の塔頭寺院。塔頭(たっちゅう)というのは小寺・子院という意味です。
覚林坊は現在では人気の宿坊のひとつ。参拝者を宿泊させるための寺院である「宿坊」は京都や高野山を中心に今や訪日外国人客にも大人気。覚林坊はウェブサイトのみならず境内にも外国語の案内があり、この日も外国人の方が訪れていました。
このお寺を開いた日朝大上人は41歳で身延山久遠寺のトップとなった後は久遠寺の移転、五百にも及ぶ巻物の著述、日蓮宗寺院三十三ヶ寺の建立…など多くの功績を残す一方で、その無理が祟り61歳のときに両目を失明。しかしその数年後に克服、それ以来「目の神様」として信仰を集めるようになったそう。
時は流れて江戸時代。4代目将軍・徳川家綱が目の病気を患い、日朝大上人へ祈願したところそれが治癒したことから、その御礼として「日朝堂」が寄進されました。現在の覚林坊の境内の高台部分に朱色の塗りが印象的な「日朝堂」が建ちます。
この覚林坊にも夢窓国師の作庭と伝わる日本庭園があります。宿坊への宿泊客のみならず、身延山の特産の湯葉をふんだんに使われた「おてらんち」や、地元の果樹を使ったドリンクを味わいながら庭園を眺める・散策することができます。今回訪れたのは夏でしたが、大きなしだれ桜の木が見られたので春にはより美しいのかも…。

▲お食事処からもお庭を眺められます

▲徳川将軍家より寄進された日朝堂

行学院 覚林坊

住所:山梨県南巨摩郡身延町身延3510
電話番号:0556-62-0014
WEB:http://kakurinbo.jp/


東光寺庭園(甲府市)

▲ 東光寺庭園

▲ 中庭には武田菱

最後に紹介する「法蓋山 東光寺」は甲府の中心・舞鶴城公園からは約2km、甲斐善光寺からは徒歩10分もしない場所にあります。こちらの庭園はこれまで紹介した夢窓国師の作ではないのですが、鎌倉の大寺院『建長寺』を開いた鎌倉時代を代表する禅僧のひとり・蘭渓道隆により作庭されたものと伝わります。
本堂の裏に残る山梨県指定文化財(名勝)の池泉鑑賞式庭園の特徴は斜面に配された無数の岩による石組。この石の組合せにも意味があり、この「滝」の流れは中国・黄河中流の滝「龍門瀑」を登った鯉が、竜に化身するさまを表現しているそう。よく見ると右上の方には自然石による石橋が掛かっていたり、まさに古絵画を石組によって表現された庭園!現在はその背後は高木が立ち並んでいますが、借景として見え隠れする山の風景も好き。
庭園も美しいのですが、中庭部分に植栽で表現された「武田菱」がある通り、甲斐武田氏ゆかりの寺院でもあります。戦国時代、武田信玄は京都や鎌倉が寺格を定めた「五山」制度にならい、「甲府五山」を定めました。東光寺もその一つ。その後、信長による焼き討ちや柳沢吉保による帰依・再興――というのは恵林寺と近いストーリーを歩み今日に至ります。
武田信玄の援助に建立され、信長による焼き討ちや昭和時代の空襲を運良く免れた「仏殿」は国の重要文化財に指定されています。その仏殿周辺には比較的新しそうな枯山水庭園がったり、参道には昭和年代に造られた池泉庭園もあったり――と、いろいろなタイプの庭園が楽しめるお寺さんでもあります。

▲ 国指定重要文化財の仏殿

▲ 枯山水庭園と丘陵

法蓋山 東光寺

住所:山梨県甲府市東光寺3丁目7−37
電話番号:055-233-9070
WEB:http://kakurinbo.jp/


山梨県の若手庭師さんにインタビュー

最後に、山梨県を中心に活動する造園家、『桑原庭苑』の桑原拓郎さんに“庭”の仕事の魅力をお聞きしました。

▲ 桑原庭苑・桑原拓郎さん

▲ 昨年手掛けられたお庭

▲お庭以外にも店舗内の内装も提案する幅広い活躍ぶり。(カウンター下の溶岩も桑原さんの案)

▲ 京都の鍛冶屋さんの手掛けたコダワリの植木鋏

――庭師・造園の仕事に就こうと思ったきっかけは?

高校を卒業したら就職しようとは考えていたんですけど、長い目で見たら手に職をつけたいと思って。その中で先生に造園という道があるよと教えていただいて、職場体験で行かせてもらったのがきっかけです。
最初は剪定を見せてもらったりしながら、ひたすら掃除・片付けなんですけど――身体を動かして、お茶休憩もあって、気持ち良い仕事だなと思って。
その後、造園会社に就職して住宅のお庭や街路樹、公園の樹木の管理や剪定に携わりながら、たまに庭を作る仕事をさせてもらっていたんですけど――庭を作るのは大変なこともあるけどその分思い入れが湧いて、楽しいなと。
その中で自分でも“作庭”に携わりたいという気持ちが強くなり、2年前に独立しました。現在は県内で仕事をしながら、日本の各地の先輩同業者の作庭現場にも足を運び勉強させてもらっている最中です。

――仕事の中で心掛けていることはありますか?

“機能的である”ということでしょうか。庭は生活の場なのでそのことを念頭に置きながら、日の当たり方や影の作り方だったり、“自然の力で機能的な空間を作る”ことを心掛けています。
また樹を植える時には、現場のすぐ近くの山に入ってどのような木があるか調査したり、街をぐるっと歩いてその土地土地の樹木や下草、苔の根付き具合をチェックしたりします。お庭は造って終わりではないのでその先のことも考えながら作庭することが大切かなと思っています。

――作庭の前に情報収集やインスピレーションを受ける場はありますか?

色々あるんですが――山行ったり、川行ってその流れで石の配置をふと意識して見たり。たとえば車に乗ってても、何気ないことで、これ庭にいいじゃん、とか思ったりもしますね。
庭に関係なくてもデザイン的な展覧会も足を運んだりもなるべくしますし、建築見たり、友達が写真展やるって言ったら見に行ったり。仕事に繋がっているかどうかはわからないけど、繋がっているんじゃないかなあ…。

――今後の目標・手掛けてみたいお庭はありますか?

“造園屋さん”って言うと、渋いと言われたりとか、木を切る仕事の方をイメージされることが多いと思うんですけど、自分の中では『街に、小さいながらも森を戻す』という仕事だと思っています。
現場が広いこともあればすごく狭いこともありますが、その空間に合う木や花や石を考えて――自然に癒されたり木陰が心地良かったり、誰もが生まれ持って持っている感覚をストレートに感じていただけたら嬉しいと思ってます。
日常生活にそっと癒しを添える空間、思いやりがある森を表現したい。
かと言って沢山植えればいいものではなく庭は生活の一部なので、庭と人が一緒に混じり会える空間を目指してます。見ても楽しめるし、外に出ても楽しめるというような。
いつか手掛けてみたいのは…やっぱり山梨の山の風景で生まれ育っているので、いつか海沿いのお庭を手掛けてみたいですね(笑)

――桑原さんのように新しい感覚で造られた空間、もっと増えていくと良いですね。

桑原庭苑

Facebook:https://www.facebook.com/kuwabarateien/


桑原さんも話の中でおっしゃっていましたが、“庭園”って癒やしの場所だと感じています。庭園を巡っているとよく『渋い』なんて言われたりするけど、ちょっとインスタグラムで #japanesegarden のタグをのぞいてみると日本人・外国人・老若男女に限らずフォトスポットになっていたりも。
“庭園”の楽しみ方・感じ方はさまざま。そして他にも素敵な日本庭園が山梨県にはあります。これから涼しくなって散策しやすい時期。是非、気軽に近くの庭園に足を運んでみて!

文章・写真:イトウマサトシ(おにわさん)https://oniwa.garden/